スピリチュアル自動日記

スピリチュアル.悟り.瞑想.についてメッセージを発信します

劣等感に苛まれる君へ

評価をされている人や成功している人
才能がある人などと、自分を比べてしまい
自分の不甲斐なさに落ち込んでしまう時が
誰にでもあります。


重く落ち込んだままの状態の君も
いることでしょう。
また、社会的基準に照らして
自分をダメな人だと思っているかも知れません。


そんな君に伝えたい事があります。
それは、どんな現状であろうと


「現時点で、君は最高傑作である」
「君は、一流である」
という事です。


たとえ、家がなくとも、友がなくとも
あした死ぬ事になっていたとしてもです。


たとえば
ここに君が理想とする人物の魂が
あったとします。
そして、過去にさかのぼり
産まれたばかりの君の身体に
この魂を挿入します。


その理想の人物の魂は
君の身体や外見や性格や能力を持ち
君の両親に育てられ
君が出会った全ての出会いを体験します。
そして、今現在に至ったとします。


すると
その理想の人物の魂の入った君の身体は
今現在の君とまったく同じ人格で
同じ状況に置かれているはずです。


どの魂が君の人生をチャレンジしても
今現在の君と同じになるのです。
また逆に
君の魂が理想の人物の人生を体験しても
そのままの理想の彼となります。


つまり、君の現在の状況というのは
「美しい最適解」なのです。
「君は常にやり遂げている」わけです。


そうは言ってもまだ劣等感の重さが
無くならないのは「比較という亡霊」に
とり憑かれているからです。


比べる事をするから
劣等感が生まれる訳ですが
まずは
この比較の正確な正体を知る事が重要です。


君は、理想の人物の外見、能力、環境と
自らのそれとを比べていますが
理想の人物のそれらのものは
実は、理想の人物の所有物ではありません。


彼は、それを獲得するにあたって
何も意図していません。
何も選択していませんし
努力もしていません。
つまりそれは
彼とは何も関係ない事柄なのです。


それは君も同じで
君の外見、能力、環境も君のものではありません。


この、君とも彼とも関係ない二つの事を
比べてしまうという事は
つまり、
たまたま河原にあった二つの石を比べて
なぜこの石はその石より小さいのか?
とつぶやきながら真剣に失意しているのと
変わらない訳です。
その無意味な失意は現実の重さとなって現れます。


比較という幻想、つまり亡霊がとり憑くと
実際の重さとなるのです。
こんなに鬱陶しいことはありませんね。


しかし
亡霊は、見破ると霧散し退散します。


この亡霊がとり憑いている時のサインは
「深刻さ」です。


また亡霊は「比較による劣等感」だけでは
なく、あらゆる価値や基準などの概念が
亡霊になりえます。


「深刻さ」や「重さ」を感じた時は
何かが憑いています。
それを見破って行くと身体はどんどん軽く
なっていくのです。
軽くなれば自然に浮かび上がります。
それは自然界の法則と同じですね。


そして最後に言いたい事は
君が沈んでいようが浮かび上がって
いようが関係なく


根本的に「君は祝福されている」と、いう事です。


これは今すぐには解からないかも
知れませんが、ほんとうの真理です。


そしてこれは
「個人性」という大亡霊を退治したあとに判ります。