スピリチュアル自動日記

スピリチュアル.悟り.瞑想.についてメッセージを発信します

妖精の世話をして幸せになる

「私はいない」とか「私は心ではない」
とかの断捨離的な悟りやスピリチュアルで
至福を掴むのもいいですが
ゆるやかに幸せになる方が合っている人もいます


いろいろと方法はあると思いますが
とくに良いと思われるのは
かわいい妖精の世話をちゃんとして
幸せになる方法です


妖精とは身体に宿っている純粋な精霊です
本来の「こころ」と言って
いいかも知れません
この妖精は身体の守護をしていると同時に
身体自身でもあります


ただ、生まれてから長い時間をかけて
さまざまな余計な価値観という
小さな亡霊にまとわり付かれ浸食されています


そのせいで
肥大化して我を失い暴走気味なのです


そして、妖精の世話をちゃんとするには
まず、その本来の妖精「こころ」と
小さな亡霊たちを見分けなければなりません


その見分け方ですが
小さな亡霊たちは、だいたい
「過去」か「未来」を住み家としています


過去の失敗や後悔、罪の意識
否定された記憶、未来の不安や心配
これからやらねばならない事の重さ
などです


そして
これらの過去と未来というのは
今現在のどこにも存在していない
という事です
思考の中だけに存在する亡霊なのです


例えば、過去の後悔などは
もっと良い選択肢があったと仮定して
あなたは後悔をしますが
その時の状況と持てるものでは
もっと良い選択肢などありませんでした
一つしか選択肢はなかったのです
つまり、あなたの取った行動は
「常に最適解」だったのです
与えられた環境で、やりきっています
この場合、ありもしない仮定が亡霊です


そして、あなたを否定した価値観も
いい加減な妄想の雲に過ぎません
雨に濡れた程度の話です


ですから、過去の記憶というのは
河原にある石の配列と変わらない
それに悩む必要も意味を付ける必要もない
「ただそれ」なのです
むしろあなたと関係ないものと捉えた方が
よいでしょう


未来についても同じです
仮に100段の階段を昇る未来があると
しましょう
未来に捕らわれていると
今1段昇るのにも、あと99段を
昇らなければならないという亡霊に
憑かれます 2段目を昇るときは
あと98段昇らなければという亡霊に...
結果
100段昇るのに5050段の重荷を背負うのです


それに対し、今という場所は
常に1段昇るだけなのです


もうお判りだと思いますが
妖精こころが住んでいる世界は今現在です


「今を生きる」と聞くと
今、今、今と今に集中している感じ
緊張している感じを想像しますが
そうではありません
過去と未来から解放された状態が
「今」なのです


かなり穏やかで寧ろリラックスした感じ
とても素直な感じです


その時の行動指針は
「したい」や「なりたい」ではなく
「心地よい」や「好き」を探す、です
その時、理由がない「心地よさ」や
理由が判らない「好き」であると尚良いです


「したい」や「なりたい」は
現状否定や抵抗なので微細な亡霊です


そしてまた
「得意なこと」をするのが良いです
自分は何が得意か判らない人もいると
思います それは
自分が当たり前に出来る事なので
自分では判りづらいからです
その時は、他人に聞くといいでしょう
意外にもすらすらと答えてくれます
得意な事というのが
妖精がやりたい事なのです


また
いろいろな欲も変な亡霊が居ない事を
確認してから与えてあげて下さい
食欲や性欲、運動欲労働欲など本来純粋な
ものです
それを歪にドーピングしているのも
妙に阻害しているのも亡霊です


「こころ」という妖精の世話をする
という事は
妖精の体にたかった過去や未来の価値観や
概念、つまり小さな亡霊たちを掃除して
好きなこと、心地よい事
得意なことをやらせてあげるという事です


これをやっていくと
妖精はどんどん綺麗になって
健康になります
そしてあなたによく懐き
よく声を掛けてくるようになります
そして、結果
世話しているあなたも幸福になっていくのです


その時
肝心なのは
妖精と過度に同一化しないことです
不用意に同一化すると、また暴走します
判っていて、緩やかな同一化を楽しむのは
良いと思います


ただ、少し気に留めていてほしいのは
本当のあなたは個人性の無いもので
言葉も喋らず、意図も意味もない
純粋な存在だということです


それに対して「こころ」という妖精は
個人性のある魂、原初の個人性と
言えるかもしれません
少し暴走している妖精たちも多いですが
ちゃんと世話をし、可愛がってあげれば
あなたに幸福を運んでくる使徒となります