スピリチュアル自動日記

スピリチュアル.悟り.瞑想.についてメッセージを発信します

生物的な私とスピリチュアル的な私

生物的なあなたは、元々一つの細胞です
その最初のあなたである一つの細胞は
父親の細胞と母親の細胞が融合して
出来ました
そして、父親や母親も
そのまた父親や母親の細胞から
出来ているのです


そうやって遡っていくと
一つの細胞に行き当たります


その原初の一つの細胞が
どのようにして誕生したかは
わかりませんが


地球上の生物というのは
その一つの細胞が分裂したり
融合したりしているに過ぎません
現在、多くの種があり
各個体も離れて存在している為
多くの別々の生命がいるように感じ
られますが
実は生命は、地球に一つしかない
という事になる訳です


それは輪切りのCTスキャンに似ています
一枚のCTスキャンの写真で臓器は離れて
幾つもあるように見えますが
本当の臓器は一つだけです


マインドが有限の時間で認識した場合
生命は、別々に見えるだけという事です
つまり、時間軸で全てが繋がっている訳で
これは、生物的なワンネスと言える
かもしれません


しかし、この生物的ワンネスは
割と機械的です
この一つの巨大生物は環境に対し
分裂融合しながら複雑化し増殖し
ただ単に適応する確率を増やす
というだけの存在です
そして、分裂化した個体のする事は
それぞれの環境で適応を試み
それが合えば増殖し、そうでなければ死滅
するだけです
彼らにとっては
増殖するのも死滅するのも等価の仕事です


つまり
人間個人の生物的仕事というのは
たまたま発生した個人の性能を発揮し
環境への適応を試み
それが適合すれば繁殖し
そうでなければ死滅する事なのです
もし、ある個体達が死滅したとしても
巨大生命はビクともしませんし
それはそれでミッションコンプリート
な訳です


その個体を管理する為に発生した
プログラムが「魂」です
ですから魂の第一の使命は
「身体を生き抜かせること」で
第二の使命は「性能を発揮する」こと
つまり、得意なこと、好きな事をやる
という事です


そして
魂は、巨大生物の一部なのではなく
個体という独立したものだと思い込みます
これは、戦略的勘違いと言っても良いかも
しれませんね


では
この唯一つの巨大生物が
本当の私なのでしょうか?


生物的にはそうなのかも知れませんが
スピリチュアル的に言うと
この巨大生物は、あなたでは無く
ましてや神でもありません


というのは
この巨大生物は、ある一つの事に
決定的に依存しているからです


それは、「認識」です


この巨大生物は個体達が少々死滅しても
まるで問題ありませんが
認識をされないと
まったく存在できないのです
巨大生物だけでなく地球も宇宙もすべて
認識に依存しています


思考実験になりますが
例えば
宇宙空間に一つのリンゴが浮いていたと
しましょう
そして、時の始まりから時の終わりまで
誰からも認識されなかったとします
さて、そのリンゴは実在したことになる
のでしょうか?
そうなるとこのリンゴの話をする
この問い自体も存在できない事になります


認識されない時
リンゴは存在しないのです


つまり
認識=存在という訳です


ものが存在するという事は
何かに認識されているという事なのです
認識が存在を創造していると言っても
良いかも知れません
その結果
客体のみが世界に顕現します


そして
主体は「何だかわからないもの」です
もし見えたり顕現したりしたら
それは主体ではありません


そして、その主体が本当のあなたです


通常の私達は
魂やマインドに同一化している為
その主体とコンタクトが取れた時は
大いなるものに「気づかれている」
という感覚をおぼえます


それが神とのコンタクトに感じたり
恩寵や祝福と感じたりするのです


その主体が本当のあなたで
スピリチュアルではそれを探求します


その本当のあなたは、少し虚しい
生物的な使い捨てのあなたなどでは
ありません